月姫キャラで送る経済講座E

アジアの奇跡

 

 皆様、いかがお過ごしでしょうか? 今日も「月姫キャラで送る経済講座」の時間がやってまいりました。

 今回はアジア通貨危機だっけ?

 はい、おそらく皆さんが一番関心ある話題ではないかと思います。何しろ自分たちが被害を被った事件ですからね。このアジア通貨危機は、タイから始まり、アジア全域に拡大しました。その影響は凄まじく、韓国は国家崩壊の寸前にまで追い込まれ、日本でも多くの人が職を失いました。アジア全体では三千万人以上の失業者が出たと言われています。

 そりゃ凄いな・・・

 ええ。この事件の影響を受け、今でも経済的に低迷を続けている国はいくつもあります。それほどにまで大きな経済危機だったんです。

 もっとも、この経済危機を受ける前は、韓国も東南アジア諸国も「アジアの奇跡」と呼ばれるほどの経済発展をしていたのですけどね。今回はなぜ、アジアの奇跡が起こり、そして崩壊したのかをお話します。

 

【アジアの奇跡は何故起こったのか?】

 そもそも「アジアの奇跡」と呼ばれる経済発展は、何故起こったのか? それをまず説明いたします。アジアの奇跡はそれが起こる少し前、1985年のプラザ合意と大きな関係を持っています。

 プラザ合意?

 1985年にアメリカ、日本、ドイツ、フランス、イギリスの先進国五カ国がアメリカのプラザホテルで結んだ合意です。内容はアメリカのドルを各国が協力して安くしようというものでした。

プラザホテル

 ドルを安くする?そりゃまたどうして?

 アメリカの貿易赤字が拡大していたからです。当時、アメリカとの最大の貿易国は日本でした。オイルショック、ニクソンショックの時、いち早く対応した日本は誰が見ても世界第二位の経済大国になっていました。でも、日本から輸入ばかりしていたアメリカは、貿易赤字が拡大し、さらには国内産業が落ち込んでいたんです。これを重要視した各国は、連携してアメリカの貿易赤字を食い止めようとしました。

 

@ 円安ドル高だと日本の商品が安く買えます。だからアメリカはどんどん日本製品を輸入し、どんどんアメリカのドルが日本に流れていきました。

 

 

 

A でも、円高ドル安だと日本の製品がアメリカで買うには高くなります。だからアメリカの人たちは日本の製品を買わず、アメリカ製の製品を買うようになります。

 

 

 ドルを安くして、円を高くしようとするプラザ合意は、結果的に輸出主導型の日本経済に大打撃を与えることになりました。円高不況なんて言葉が生まれたのもこの時期ですね。

 今まで円が安かったからアメリカの人たちは、日本の製品を買っていた。でも、突然円が高くなれば日本製は高くなって売れない。たしかに海外に商品を輸出したい日本にとっては打撃だな。

 ええ。しかし、円高不況によって被害を受けた日本経済は早くも立ち直ります。その理由は、円高になったことを逆に利用して、海外に工場をつくったからです。

 海外に工場をつくる・・・?

 はい、当時の韓国や東南アジア諸国は、日本に比べて人件費が安かったんです。たとえば日本人を一人雇うのとタイ人を二十人雇うのは同じぐらいの金額だったそうです。そのため日本企業は、海外進出をして、外国で日本の製品をつくることで生き残りを計ったんです。

 

日本人の一人分の給料とタイ人20人の給料は同じでした。

 なるほどな。円の価値が高まれば、それで海外の人たちを沢山雇い入れることもできる。さらに海外の資材も安く手に入るってわけだな?

 はい、その通りです。その結果、沢山のJapan Moneyがアジア諸国に流れ込み、そのお陰でアジア全域に好景気をもたらしたんです。

 

日本がアジアの諸国に円高になった円を投資します。

 

その結果、これまで貧しかった国が工業化し、豊かになりました。これが「アジアの奇跡」です。

 

 韓国や台湾などでは日本企業のOEM(他社ブランドの製品製造)をやるようになりました。また、タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシアなどでは、日本企業の製品の部品下請けなどを行いました。こうした日本を中心としたグローバル経済の発展、それが「アジアの奇跡」だったんです。

 そして、円高ドル安の恩恵を受けて発展した国々は、さらに自国を独自に発展させようと次にお話する金融政策を採るようになります。

 

【ドルペッグ制による発展】

 さて、日本企業の手によって近代化した国々は、その当時、ドルペッグ制という政策を採っていました。

 ドルペッグ制

 ドルペッグ制とは第1回の講義で話したような固定為替相場制と同じようなものだと思っていただいて結構です。ドルをPeg(釘で打ちつける)するような制度なので、ドルペッグ制と呼ばれています。

 でも、固定為替相場って、たしか弱点があったような気が・・・

 ええ。固定為替相場だと、ドルが値下がりした時、その相場を維持するために政府やその国の中央銀行が介入して為替操作をしなければなりません。しかし、固定為替相場は固定為替相場ならではの利点があるんです。

 固定為替相場ならではの利点?

 ええ、それをこれから御説明します。以下の紙芝居を御覧下さい。

 

@ 自国を発展させるためには、沢山のお金が必要です。でも発展途上国では通貨の信用がないために、外国の人たちからは紙切れ同然に見られてしまいます。これでは外国から資材を買ったり、技術ライセンスを購入したりできません。

 

 

A そこで途上国は自国の信用度を高めるために、他の国の信用ある通貨と自国の通貨を一定の比率で交換することを約束します。これがドルペッグ制です。

 

 

 そうか、前回のドルの信用を高めるため、アメリカがドルの金本位制を採っていたのと同様に、これらの国ではドルを金の代わりに自国の通貨と交換していたわけだな?

 その通りです。細かな所は違いますが、大まかにそう考えていただいて結構です。

 そして、タイやマレーシアなどでは積極的に外貨を導入するために、自国の通貨の金利を上昇させていました。これによって大量の外貨がアジア諸国に流れ込むようになったんです。

タイとアメリカの金利の推移(出所:IMF

 

 金利を高くすると、どうして外貨が集まるんだ?

 では、志貴様にお尋ねします。利息の高い銀行と利息の低い銀行。どちらに預けますか?

 そりゃあ・・・利息の高い銀行だろう。普通に考えれば。

 そうですね。そして、この当時はドルで預金するよりもバーツ(タイの通貨)などの通貨で預金した方が利息がついたんです。その結果、バーツに交換して預金しようという人が増え、タイにお金が集まったんです。

 

@ まず、ドルをバーツに両替します。

 

A そして、そのままタイの銀行に預金します。利息は11%。場合によっては25%も利息が付く時がありました。アメリカや日本では、こんなに高い利息は望めません。

 

B 一年後、利子がついた預金を下ろします。この時の通貨はまだバーツのままです。

 

C そしてバーツをドルに両替します。この時、ドルペッグ制が役に立ちます。ドルとバーツは変わらない比率のまま交換されますので、為替の上下によって元のお金が目減りすることはありません。( 現在の変動為替相場を適用している国の外貨預金では円高、WON高によって財産が目減りすることがあります)

 

D 当時、アメリカの金利は5%、タイでは11%。アメリカよりもタイの方が二倍も利息がついたのです。この結果、どんどんお金がタイに集まりました。

 

 

 なるほど、当時のタイは簡単に、しかも確実にアメリカよりもお金が稼ぎやすかった。だからお金がタイで預金したいって人が増えて、お金がタイに集まったんだな。

 そうです。しかし、こうしたアジアの発展は、アメリカの政策が方向転換したことによって、停滞させられることになります。

 

【強いドル政策】

 プラザ合意によるドル安から始まったアジアの経済発展。しかし、その十年後、アメリカが強いドル政策を打ち出すと状況は苦しいものになっていきます。

 強いドル政策?

 ええ、今度はプラザ合意の全く逆。ドルを高くしようという政策をアメリカが採り始めたんです。

 何故だ? 前はアメリカは自国の産業を守るために、ドル安にしたんだろ? それをどうして今更・・・

 志貴様のお言葉はごもっともですが、この頃になると、アメリカの産業界は大きく構造変化していたんです。つまり、自動車や電化製品をつくる重工業中心の社会から金融やITなどの産業に移り変わっていたんです。

 

1980年代のアメリカ産業界  自動車などを製造する重工業中心

1995年頃のアメリカ産業界  金融、IT中心

 

 金融中心の経済を持つ国にとって、まず重要なことは通貨の信用と価値です。投資しようにも、そのお金の価値が低ければ、何の意味もありません。そこでアメリカは、これまで採っていたドル安政策を撤回し、ドル高政策を打ち出すようになったんです。

強いドル政策を公約に当選したクリントン大統領

強いドル政策を支持したグリーンスパン議長

 

 でも、これはアメリカの出来事だろう? 発展してきたアジア経済と何の関係があるんだ?

 志貴さま、お忘れですか? タイやマレーシアなどの国は自国の通貨の信用を高めるためにドルペッグ制を採ってきたことを。そしてドルペッグ制とはドルと自国の通貨を一定の比率のまま交換する制度です。つまり、ドルの価値が上昇すればバーツやリンギット(マレーシアの通貨)の価値も上昇します。

 それが悪いことなのか?

 ええ、とても。先ほど説明したプラザ合意当時の日本の状況を見てください。その頃、日本は輸出主導型の経済を採っていました。しかし、貿易赤字を解消したいアメリカの意図で、ドル安へと移行していった結果、自分の国の製品が割高になって売れなくなってしまったんです。

 そして、当時のタイやマレーシアなども輸出主導型の経済になっていたんです。彼らはドルペッグ制を採っているので、ドル安になれば自国の通貨も安くなります。そして、自国の通貨が安くなったことを背景に、安い商品をヨーロッパなどに輸出していたんです。

 そんな彼らが急にドル高になって、自国の通貨の価値も高くなったらどうします? 彼らの商品はたちまち割高になって買い手がつかなくなるでしょう?

 あ・・・

 

@ ドルが安くて、彼らの国の通貨が安い時には、彼らの商品も割安です。だからヨーロッパの国などでは、彼らの製品がどんどん売れました。

 

A でもドル高になれば、彼らの通貨の価値もあがります。当然、彼らの商品の値段も割高になります。こうなると商品が売れなくなってしまいます。

 

 

 じゃあ、いっそのことドルペッグ制を止めればいいんじゃないか? そうすれば自国の通貨の価値もドルに応じて上昇することもないし、商品も安く売れるだろう?

 たしかに志貴様の仰る通りですが、しかしタイやマレーシアはそれができなかったんです。先ほども説明しましたが、タイでは預金で簡単にお金が稼げたため、海外からの預金者が沢山いたんです。でも、ドルペッグ制を止めてバーツの価値が下がれば、ドルを両替してバーツで預金していた人たちは大損することになります。そのため、政府がドルペッグ制を止めると発表すれば、多くの預金者が銀行からお金を引き出すでしょう。そうなれば経済は大混乱に陥ります。

 また海外からお金を借りていた企業は、バーツやリンギットの価値が低くなれば、返済するお金も増えます。(彼らはドルで借りていたため) だから政府はドルペッグ制の廃止に踏み切れなかったんです。こうして、タイやマレーシアでは次々に輸出企業が倒産してもドルペッグ制を維持し続けました。

 でも、そんなタイ政府の苦境を見て、お金儲けしてやろうと考えた人たちがいたんですね。それがジョージ・ソロスたちヘッジファンドです。


―1997

ヘッジファンド

 ふふふ。そろそろ東南アジアの国々は経済が崩壊しそうじゃ。では、空売りで儲けるとするか。

 

 

 この時ソロスたちが行ったやり方は以前話したポンド危機の時と全く一緒です。自国の通貨価値を下げるわけにはいかない国の社会問題につけ込み、暴落を起こして為替差益を稼ぐという方法です。この状況は次回、詳しく説明します。

 では、今日の話はこれぐらいにしましょう。次回は寸劇を交え、アジア通貨危機の勃発と収束についてお話します。お楽しみに!

 

参考資料:

経済のニュースがよくわかる本 世界経済編 細野真宏・著  東大生が書いたやさしいマネーの教科書 東京大学投資クラブ・著  金融マーケット予測ハンドブック 住友信託銀行・著  アメリカ経済ブームとFRB議長 ボブ=ウッドワード・著  An Economic Solution to Poverty in the Third World  Ravi Batra・著

 

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